まっしろなきゃんばす

ジャニーズ、お笑い、演劇、ミュージカル。好きを叫ぶ。

はじめてみました

ついに始めてしまいました。はてなブログ

タイムラインに流れてくる文才に恵まれたお姉様方に純粋に憧れたのと、これからの自分のために常日頃から文章を書いておきたいと思ったのです。まあこれはどうでもいいですね。

そのため、ジャニーズごとを中心に、それ以外の趣味についても書きたいと思ったときには書こうと思います。そうでもしないと飽き性の私には続かない。


そんな飽き性の私が珍しく続いている趣味が「ジャニヲタ」です。

始めてみたものの案の定なにから書き始めればいいのかわからないので、あの方からお題をお借りして、好き勝手に懐古でもしてみようかと思います。


お題「ジャニヲタになったきっかけ」


はじめに言っておきますと私には好きなアイドル、応援してるアイドルがたくさんいます。いわゆるDD*1というやつです。まあ本当に誰でも大好きなのか、と言われると決してそんなわけはないんですけど、ざっくり言うとだいたいそんな感じ、です。


まず、DDといえど私には自担がいます。私の中で絶対的な不動の地位を確立されているひと、逆に言えばこの存在があるからこそDDができるわけです。

関ジャニ∞大倉忠義くん。

出会いは2009年の秋。

当時、私は小学校高学年でした。2009年と言うと、あの国民的アイドル、嵐がデビュー10周年を迎え、それまで以上にノリに乗っていた時期です。私の記憶では、シングルCDの初回限定盤は予約ができないこともあったのですが、それは田舎だからでしょうか?(笑)まあいいや。

周りの子はみーんな嵐が好きでした。そういうお年頃だったんです。例外なく私も。周りには翔くんと相葉くんのファンが多かった気がするなあ。私は「ごくせん」の放送当時*2から沢田慎*3が大好きで、三輪車に乗りながらひとりで沢田と会ったらどうしよう、みたいな妄想をしている女の子だったので(我ながらかわいい)、ずっと松潤が好きだと言っていました。

ただ、そんな中にひとりだけ、いたんです。関ジャニ∞を好きな子が。

その子は家が近くて頻繁に一緒に帰っていたし、とても仲がいいお友達のひとりでした。

よく私に関ジャニ∞を勧めてくれていて、そんな熱意におされ、何気なく観たある日の音楽番組。

関ジャニ∞が新しくリリースする新曲「急☆上☆Show!!」を披露する中で、ドラムを叩くひとりのメンバー。


関ジャニに、こんなかっこいいひとがいたんだ」


まあ他のメンバーに対して失礼極まりないですけどね(笑)小学生なので許してください。

これが、私が「ファン」から「ジャニヲタ」になった瞬間です。

「きっかけ」ということで言えば、そのお友達ですね。

嵐は好きだったけど、イッツマイソウルとかズッコケ男道の着メロはケータイに入ってたけど、大倉忠義くんの存在はその瞬間まで知らなかった。

でもそれからは早かったです。次に友達に会った日にすぐ「おおくらくん、かっこよかった」と報告し、晴れて「エイター」への仲間入りを果たしたのでした。

当時小学生だった私ですが、そのときすでに自分は飽き性だという自覚があったため、「これもどうせすぐに飽きるんだろうな」と心のどこかで思ったりしてました。

だけどその熱は冷めることなく、小学生なりに応援を続け、中学生になり、ファンクラブに入るお許しをもらい、コンサートに行けるようになり、新たな沼を開拓し、たくさんの友達をつくり、高校生になり、ヲタクをする上での考え方がすこしだけ大人になり、そして、今に至ります。(笑)


幼い頃から三日坊主の代表みたいな性格だったのに、よく続いてるなーと、私がいちばん私に驚いています。

担降りを考えたことがないと言えば嘘になりますが、それも結局一時の気の迷いで、なんだかんだ大倉担を名乗り続けています。


以上が私の「ジャニヲタになったきっかけ」です。


さあ、次はそんな私をDDにした魅力たっぷりの男の子たちの話をしたいと思います。長いね。ごめんね。

エイト以外で応援しているといえば、もっぱらジャニーズJr.です。あと、ジュニアの頃から応援しているジャニーズWEST


そもそも私がジュニアに手を出した(響き悪い)きっかけは、お友達にキスマイのデビューコンサートに誘っていただき、せっかく行くならバックのジュニアまで覚えて行こう、ということで「ザ少年倶楽部」を観始めたこと。それが沼の入り口。2011年です。

それまでにも、何度か沼への扉は開いていたんです。エイトにはVeteran*4がバックについていたし、ジャニ勉にはB.A.D.*5とBOYS*6のコーナーがあったし、開運少年ミラクルJ*7(懐かしいでしょ)観てたし。

今思えばなんでそこが入り口じゃないのか不思議なくらいだけど、当時は違ったんだな。

そのキスマイのコンサート(8月)は運良く良席だったため、当時バックについていた京本大我くんにきれーーーな投げキッスをもらい、完全に「ジャニーズJr.」を覚えた中学生の私は結局コンサートが終わったあとも少クラ*8を観続け、その結果、必然的に「in大阪」にたどり着き、なんとなく隣で観ていた母と共に、

重岡大毅くんに堕ちました。

周りの波に流されずデビューを掴み取った重岡くんをこの目で見ることができて、本当に本当にうれしかった。ベタだけど、好きになれてよかったと思いました。


重岡くんを好きになってから何かのストッパーが外れたかのように、私はDDへの道を転がり落ちていくことになります。

2011年、また新たな沼への扉が開きました。

ジャニーズJr.ランド

これまた懐かしい(笑)

初期レギュラーメンバーのひとりだった神宮寺勇太くんがかわいくてかわいくて、ついに東京ジュニアにも片足を突っ込みました。

今も十分かわいいけど、まさかこの時は「腰振りキモい」「チャラ宮寺」と呼ばれる時代がくるなんて1ミリも思ってませんでした(笑)


そして同番組の企画で、2012年1月に初登場した松田元太くん。彼がいちばん、私にジュニアを応援することの楽しさを教えてくれた子です。

番組への出演はどんどん増えるし、少クラでは前列に出てくるようになって、シンメができて、名前のテロップが出るようになって、Jr.にQに呼ばれて、マイクが持てるようになったし、現場に行くたびにうちわの数が目に見えて増えるし、先輩と写っているのを探し出して購入していた公式写真は、いつの間にか個人写真が何枚も出てるし。つい先日も、ジュニアマンションのセンターを張っていると喜んだばかり。彼への期待は絶えません。


この3人の他に、「この子を応援している」と名前を挙げられるのは関西ジャニーズJr.の藤原丈一郎くんです。

いつから好きなのかは正直わかりません。ただ2012年3月に握手をしてもらったことがあるので、たぶんそれより少し前なんじゃないかと思います。最初は彼のダンスが好きで目で追い始めたのですが、知れば知るほど魅力の詰まったひとで、さらに勢いがとどまることを知らなかった2015年、舞台単独出演からはじまる2016年とまったく目が離せないので、彼の応援をするのは純粋にたのしいです。

どうでもいいですが、前述の「担降りを考えた」ひとりでもあります。


この他にも、関西ジャニーズJr.の毛利柊和くん、河下楽くんは成長を見守りたい存在であったりします。松竹座でうちわが持てなくなってからは、ほとんどの時間をオペラグラスでこの子たちを見ることにかけています。


以上が、魅力溢れる男の子たちの紹介です。実際まだいたりするけど、今回はここまで。

ここまで書いて、あらためて自分のDDっぷりに呆れていますが、楽しいのでなんでもありです。ヲタクは楽しんだもん勝ちです。

本気かどうかは別として、よく「ヲタクやめたい」と頻繁につぶやくひとがいますが、今の私に「ジャニヲタ」という趣味は不可欠です。ジャニーズを見て「かっこいい」「かわいい」と言っている時間が幸せです。


…はい、長くなりましたが、案外書けるもんですね。文章におかしいところがあっても、大目に見てやってください。これからがんばります。

今回はジャニーズについて書きましたが、とにかく量をこなしたいので、本当に何についても書こうと思います。興味があればぜひ、暇つぶしにどうぞ。

では、この辺で失礼します。


皆さんもよいジャニヲタライフを!

*1:D:だれでも D:だいすき

*2:2002年。私は保育園児でした

*3:松本潤くんが演じていた役名

*4:関西ジャニーズJr.内で結成されていた6人組ユニット

*5:ジャニーズWEST桐山照史くん、中間淳太くんがジュニア時代に組んでいたユニット

*6:ジャニーズWESTの濱田崇裕くんがジュニア時代に組んでいた2人組ユニット

*7:村上くんが司会を務めていて、関西ジャニーズJr.がいろいろな課題にチャレンジする特別番組

*8:「ザ少年倶楽部」の略称